たおやめぶり


親の子に対する礼。

2013年06月26日 02:02

司馬光は「天子の務めは礼を行うことにある。」と申しました。

確かに、天子さまが、礼を守らないようでは、その国は立ち行きません。

そして、礼というものは本来双方向性を有すると思うのです。

 

「子の親に対する礼」があれば、他方で、「親の子に対する礼」もあると思うのです。

 

明王朝を事実上、滅ぼした神宗万暦帝という皇帝がいます。彼は、皇太子を嫌い、愛する妃の生んだ皇子を皇位につけようとし、官僚に猛反発されたため、政務を放棄するという行動に出ました。

このような振舞いが許されるはずはなく、彼の親政時代から明朝は奈落の底へ突き進むことになります。

 

皇位継承は国家の根本であり、決してゆるがせにはできません。

そして、直系長子承継の原則は崩してはなりません。

 

畏れ多きことながら、両陛下は、万暦帝と反対に、官僚層やその事実上の支配下にあるマスメディアに過剰に取り入ることにより、廃太子という想像するだに恐ろしい行為を推進されているように思えてなりません。

臣としてこのようなことを口にするのは、僭上の沙汰であり、まさに恐悦恐懼、頓首頓首、死罪死罪とでも申し上げるほかないですが、そういう疑念を抱いてしまうのです。

「後輩が先輩に対する礼、生徒が先生に対する礼、子が親に対する礼、それらは嫌になるほど私たちは教えられてきたし、また、多少、それを遵奉してきたつもりであるが、しかし先輩が後輩に対する礼、先生が生徒に対する礼、親が子に対する礼(下線部引用者。)、それらは私たちは、一言も教えられたことはなかった。」

太宰がこの文章(如是我聞)を著した当時は、一般国民でもそうでしたが。現在でも「人権の飛び地」地帯である皇室内部では、同様の状態なのではないでしょうか?

 

だとすれば、背中が凍りつくことです。実に恐ろしいことです。

絵空事でなく、日本国の根幹にかかわります。

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