記事のアーカイブ
2013年06月26日 19:44
Pallida mors aequs pulsat pede pauperum tabernas,Regunque turres.
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2013年06月26日 13:56
「美(うるわしき)もの見し人は」 堀田善衛氏のエッセー集です。
新潮社版と朝日選書版双方が出版されていましたが、どちらも現在、品切れの模様です。
図書館ないし、同氏の全集で読まれることをお勧めします。
特に「黙示録について」には考えさせられました。
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2013年06月26日 12:27
1 疑惑について
例の有識者ヒアリングで、櫻井よしこ女史が「悠仁親王殿下ご誕生に際しては、両陛下のご意向」云々という奇妙な発言をなさってます(同議事録と配布資料参照。)。
これは、彼女の個人的見解に過ぎませんが、ご懐妊の時期やその後の東宮ご一家に対する異常なバッシングをみると、本当に作為的なものはなかったのか疑いが生じます。
そして、国家の根幹にかかわる法律について、慎重な手続きを経て、まさに国会に提出されようとしているときに、「何らかの作為」が行われたとするなら、それは憲法2条を踏みにじるといわれても仕方がないでしょう。一般国民夫婦間の受胎・出産とは次元が違う問題です。
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2013年06月26日 09:44
本日以降、仕事が忙しくなり、当面更新できませんので敢て「文学」の枠を超えた内容を掲載いたします。
1 皇族と人権
天皇、皇族の人権は否定されるという見解が有力ですし、それはそれ相応の理由があります。
しかし、上記の方々の人権享有主体性自体は肯定されるが、その特殊な地位に鑑み、その内容の一部が否定されたり、制限されたるするという見解も有力で、この立場に親和的な下級審裁判例もあります。
私も、考え方としては、後者をとるべきだと思います。
仮に前者の考え方によっても、皇族の方々の名誉権やプライヴァシー権は一定の限度で保護されてしかるべきです。
不敬罪規定の削除と引き換えに、刑法232条
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2013年06月26日 02:02
司馬光は「天子の務めは礼を行うことにある。」と申しました。
確かに、天子さまが、礼を守らないようでは、その国は立ち行きません。
そして、礼というものは本来双方向性を有すると思うのです。
「子の親に対する礼」があれば、他方で、「親の子に対する礼」もあると思うのです。
明王朝を事実上、滅ぼした神宗万暦帝という皇帝がいます。彼は、皇太子を嫌い、愛する妃の生んだ皇子を皇位につけようとし、官僚に猛反発されたため、政務を放棄するという行動に出ました。
このような振舞いが許されるはずはなく、彼の親政時代から明朝は奈落の底へ突き進むことになります。
皇位継承は国家の根
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2013年06月26日 01:37
初心に帰って、また、太宰に戻ります。
彼は如是我聞 四 で、有名な志賀直哉批判を繰り返していますが、それは「天皇制」という制度に通じるものがないではない。
科挙制度を採用しなかった日本では、堂上家の地位は代々世襲が原則で、養子承継を含みつつも、千年近くにわたり、主上近くにお仕えする家柄は固定化されておりました。
それと同様に、文壇、学問の世界、宗教界、芝居の世界などにおいて、既に老いさらばえた爺様を神輿として祭り上げ(何とか先生門下生とか称する取り巻き連中が)、有能な若手を潰しているという悲惨な病理現象は、今日でもまま見られます。
要するに「序列」が絶対なんです。
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2013年06月25日 23:28
森鴎外「かのように」は山縣有朋が直面していた問題意識を踏まえて書かれたもので、今日皇室を考えるうえでも、貴重な視座を含んでいます。
鴎外らしいいやらしさもありますが、勉強させられる作品です。
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2013年06月25日 19:49
泉 鏡花の初期代表作です。
正直「グロ」いですが、その後の鏡花作品のエッセンスが詰まっているように思います。
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2013年06月25日 01:39
いきなり、原文は困難でしょう。
とはいえ、漫画から入るのはさすがにどうかと・・・。
やはり、与謝野晶子訳と円地文子訳をお勧めいたします。
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2013年06月24日 22:26
横光 利一「機械」と川端康成「眠れる美女」は、どちらも知名度はあまり高くありませんが、お勧めです。
後者は能の「江口」をモティーフにしているので、その観点からも楽しめます。
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